先人の知恵
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秋になり、もうすぐお彼岸です。暑さ寒さも彼岸までといいますが、まだ残暑が厳しい日が続いています。このころになりますと、長い茎の先に、王冠を逆さにした真っ赤な花をつけた彼岸花が丁度あちこちに咲き始めます。この彼岸花、きれいだという人もいれば、赤くグロテスクだといって嫌う人もいます。田舎道の脇に群生していたり、田圃の畔、川の土手に見かけたりします。
この彼岸のころになると、葉っぱも何もないのに、地中から急に蛇がかま首を持ち上げたようにニョキニョキ出てきて突如花を咲かせます。真っ赤な燃え上がるような美しさ、力強さ、そしていっきに咲き、すぐに枯れてしまうはかなさもあって、人々の心に印象深くとらえているようです。まず、知らない人はいない花です。
彼岸花は彼岸花科で和名でも彼岸花といい、秋の彼岸のころには毎年決まって花が咲くことからきていることには納得できますが、また別の呼び方として、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)とも言います。曼珠沙華は”天上の花”という意味あり、おめでたい事が起こる前兆として、赤い花が天からふってくるという仏教の教えによるものであるそうです。
この彼岸花ですが、その呼び名は、地域によっていくつもあるようです。ある研究家の調査では、1140通りもあるといいます。例えば、毒花、舌曲がり、気触れ花、毒百合、馬の舌曲がり、手腫れ草、また、墓地に多く自生しているところから死人花、墓花、葬式花、仏花、幽霊花などの名前もついています。いずれにしても、別名はあまり美しい名前でないものが多いようです。また他に、真っ赤な色が火を連想させるので,火事花という呼び名もあります。子どもの時、家に持ち込んだりすると母親に「そんなもの取ってきたら家が火事になる」などとしかられたりしたことがあるのではないでしょうか。
彼岸花はいろいろな呼び名があります。このように、多くの呼び名があるのは、彼岸花の特異ないでたちだけでなく、有毒植物であることに起因しております。つまり、火事花というのは、実際に家が火事になるという迷信ではなく、彼岸花の球根には、トリカブトの根にある、アルカロイドのリコリンという毒があるので,子どもがそれに触らないようにと、親心として言い伝えてきたものです。誤食すると吐き気の他、下痢、よだれ、重症になると中枢神経のマヒを起こし、死亡することもあります。それで綺麗だと思って子供がさわったりしないようにとの別の言い方であったと思います。
田んぼのあぜ道や土手に多くみかけるのは、球根の毒の機能を利用して、ノネズミやモグラがあぜ道や土手に穴を開けるのを防ぐためです。別の使い方としては、古くは土蔵の壁土に混ぜてネズミの侵入を防止したり、また防虫のため、障子を貼る糊として、ヒガンバナのでんぷん糊を使う地域もあるそうです。また、墓地に多いのは、昔は土葬をしていましたので、ネズミや獣による土葬の死体荒らし対策のためだったようです。又、昔は、葉はミカン輸送のパッキングにも使われたそうです。
一方、彼岸花は、この毒を抜けば、ちゃんと食用にも成るとの事です。ヒガンバナの毒は、水で何回もさらせばとれるので昔の人は、この根の部分からデンプンをとって飢饉の際の食料としたそうです。しかし、食べた人によると、まずくて食べられたものではなかったそうです。このようなことから、他の野菜と一緒に植えて中毒死という悲しい事例も昔から多くあります。小さな子も誤飲する事もあったようです。また、彼岸花には、薬用としての効果もあります。彼岸花の球根をすりおろしたものをガーゼに包んで、寝る前に両足の土踏まずに貼るのだそうです。身体のむくみや膝の水腫、肩こりなどに効用があるそうです。話題の多い彼岸花です。
われわれは、数々の規程や、多くの取り決めや禁止事項をつくってきました。これらの規程や取り決めや禁止事項は、それぞれ、過去の苦い経験からくる遺産であります。先人は後世に危険を伝える為に言い方を工夫しています。過去の経験、危険性をいろいろな形で伝えています。彼岸花を火事花と呼ぶのは花が赤いからだけじゃなく、危険を知らせるシグナルでもあるわけです。
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